日銀の「逆ざや」が進行中。ETF含み益57兆円 vs 国債含み損45兆円——このクッションが消えたとき、何が起きるか

2026年5月28日 | 経済・金融政策


ほとんどのメディアが大きく報じていない。でも、知っておくべき数字がある。

2026年3月末時点の日本銀行のバランスシートに、こんな数字が並んでいる。

  • ETF含み益:約57.1兆円
  • 国債含み損:約45.4兆円

差し引き、プラス約11.6兆円。今のところ、ETFの含み益が国債の含み損を上回っている。

ただし——この2つの数字の差は、2年間で急速に縮まってきた。


数字の推移を追うと、速度感がわかる

時系列で並べると、こうなる。

時点ETF含み益国債含み損差(ETF優位)
2024年3月末37.3兆円9.4兆円+27.9兆円
2025年3月末32.9兆円28.6兆円+4.2兆円
2025年9月末46.0兆円32.8兆円+13.2兆円
2026年3月末57.1兆円45.4兆円+11.6兆円

2024年3月には28兆円近くあったクッションが、2025年3月には一時4兆円台まで急縮小し、その後株高でETF含み益が持ち直したものの、足元では再び国債含み損の拡大に押されて11.6兆円まで戻ってきている。

トレンドの方向として「縮む」ことは確かだ。ただ、縮み方は株価と長期金利の動きに大きく左右されるため、直線的には進まない点は頭に置いておきたい。


すでに「逆ざや」が起きている——ただし、まだ赤字ではない

含み損益はストック(評価額)の話だ。実際のキャッシュフローでは、すでに別の変化が起きている。

2025年9月の日銀中間決算で、こんな数字が出た。

当座預金への利払い費(1兆2683億円)が、保有国債から受け取る利息収入(1兆1820億円)を上回る「逆ざや」が発生。比較可能な2008年10月以降で初めてのことだった。

さらに2025年度の通期決算でも、国債利息2.5兆円に対し付利2.7兆円と、通期ベースでも逆ざやが続いた。

「では赤字なのか」というと、そこは注意が必要だ。ETFの分配金(年間1兆円超)や為替差益なども加わるため、決算全体は現時点でまだ黒字を保っている。2025年度の経常利益は約2.99兆円だ。

ただし、この黒字を支える構造は変わりつつある。国債の利息収入という「本業収益」が逆ざやになり、ETFの分配金がそれを補う格好になっている。「分配金頼み」の構造は、株価次第で変わり得るリスクをはらんでいる。


ETFの分配金という「補完収益柱」

日銀が保有するETFは年間1兆円を超える分配金を生んでいる。2024年度の経常利益2.79兆円のうち、国債利息とETF分配金がふたつの収益柱だった。

植田総裁がETFの売却を急がない理由の一つが、まさにここにある。ETFを持っている限り、分配金というキャッシュフローが毎年入ってくる。売ってしまえば一時的な利益は出るが、毎年の分配金収入は消える。

さらに現実問題として、日銀が保有するETFの時価は東証プライム時価総額の約8〜9%に相当する規模だ。これを大量に売却すれば株式市場そのものを押し下げかねない。売ろうにも売れないという「絵に描いた餅」の側面もある。


含み損益が逆転する「引き金」は何か

ETF含み益と国債含み損が逆転するシナリオには、主に2つの経路がある。

① 株価が急落する

ETF含み益は株価に連動する。日銀のETF損益分岐点は日経平均で約2万円程度とされており、現在の水準から40%以上の下落があれば含み損に転じる計算だ。日銀は株式市場のリスクをバランスシートに丸ごと取り込んでいるという現実は、改めて意識しておく必要がある。

② 長期金利がさらに上昇する

植田総裁は2024年2月の国会答弁で「金利全般が1%上昇した場合、保有国債の評価損は約40兆円程度になり得る」と述べている。前提や時点によって変わるが、長期金利がさらに1%上昇すれば、国債含み損は一気に80〜90兆円台に膨らむ可能性がある。その場合、現在のETF含み益57兆円は容易に吹き飛ぶ。

財政拡張への懸念が市場で強まり、日本国債が「売られる」局面——いわゆる「財政ファイナンス」への警戒感が広がるとき、金利は容易に跳ね上がる。


含み損益が逆転したとき、市場はどう動くか

ここが最も難しい問いだ。

日銀は「国債は満期まで保有する方針なので、含み損は決算に反映されない。政策運営能力に支障はない」と説明している。中央銀行は民間企業と異なり、一時的な評価損や収支の悪化が直ちに政策運営能力を失わせるわけではないことは、日銀自身が日銀レビューの中でも整理している。

ただし重要なのは「市場がどう解釈するか」だ。

日銀レビューは、通貨の信認は保有資産の評価損益ではなく「物価安定という使命を適切に果たすことで確保される」と明記している。つまり日銀が金融政策の舵取りを誤らない限り、評価損の拡大だけで直ちに円が売られるわけではない。

とはいえ、財務悪化が続く局面で追加利上げなどの政策判断が鈍るのでは——という疑念が市場参加者の間に広がった場合、円安圧力として意識される可能性は排除できない。

「評価損が逆転した瞬間に何かが爆発する」ではなく、「財務劣化が続くほど、市場の目線が厳しくなっていく」という漸進的なリスクとして捉えるのが正確だろう。


日銀の「将来収益試算」は何を示しているか

野村総合研究所の木内登英氏が紹介する日銀の先行き試算によれば、短期金利が数年後に2%になる前提のもと、2027〜2028年度には最大2兆円規模の最終赤字が発生し得るとされている。ただし、その後は長期金利上昇により長短の利ざやが拡大していくため、赤字は一時的現象との見立てだ。

この試算が前提とするバッファは、債券取引損失引当金(7.5兆円)と自己資本(14.1兆円)の合計約21.6兆円(2025年3月末時点)。仮に赤字が2年間・合計4兆円規模にとどまれば、このバッファで十分に賄えるという計算になる。

前提通りに進むかどうかが問題であることは言うまでもない。「金利は緩やかに上昇し、株価は急落しない」という想定が崩れたとき、試算は大きく変わる。


なぜこれが「個人の問題」でもあるか

日銀の財務問題は、次の経路で家計に届く可能性がある。

長期金利の上昇 → 住宅ローン変動金利・固定金利の上昇 円安の進行 → 輸入食料品・エネルギーの値上がり継続 株価の急落 → NISA・iDeCoの残高毀損

いずれも「日銀がどうなるか」ではなく、「日銀の財務悪化が市場の期待に織り込まれていく過程」で起こる。

2024年3月に28兆円近くあったクッションが、足元では11.6兆円まで縮んでいる。今すぐ何かが崩れるわけではないが、その速度と方向は把握しておく価値がある。


【数字まとめ(2026年3月末・日銀最新決算)】

項目数値
ETF含み益約57.1兆円
国債含み損約45.4兆円
ETF優位クッション約11.6兆円
2025年度 経常利益約2.99兆円
国債利息 vs 付利(2025年度通期)2.5兆円 vs 2.7兆円(逆ざや継続)
年間ETF分配金(概算)約1.4兆円
債券損失引当金+自己資本(2025年3月末)約21.6兆円 ※注1

※注1:ここでいう自己資本は「資本勘定+引当金勘定」であり、通常の貸借対照表上の純資産とは概念が異なる。


参考:日本銀行(各年度決算・業務概況書・日銀レビュー「日本銀行の財務と先行きの試算」)、ロイター、野村総合研究所・木内登英氏コラム(2025年12月)、三井住友DSアセットマネジメント、楽天証券トウシル(愛宕伸康氏)、金融経済イニシアティブ

本記事は個人の見解に基づく情報提供を目的としており、投資判断の根拠とすることはご遠慮ください。


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